3月13日の3ヶ月後の話

京都に行ってきました。推しがKYOTO iDOL FESTIVALに出演すると知って、2018年5月にも京都に行ったことを思い出して、ここ最近の身体や気持ちの不調には目をつむって、チケットを取りました(それから、ついでではなく妹ぴも巻き込みました)(飲みに付き合ってくれてありがとうね)。

 

※「私が3月13日ぶりに会いに行けたこと」の記録なので、リミスタでのオンラインライブや浪江町でのストリートライブの文脈は汲まずに書き残しておきます。

 

KYOTO iDOL FESTIVALの出演が発表されてから、「ソロとしてアイドルフェスのステージに立つ推し」がどんなパフォーマンスをするのか上手くイメージできなくて、「萌花ちゃんといえば弾き語りだけど、弾き語りだけで持ち時間(24分)いっぱいやるとは思えないし……」というのが正直なところでした。

当日は譜久村聖さんや稲場愛香さん、宮本佳林さんのステージを見ながら、「音源を流して歌う曲もあるだろう」「でも弾き語りをするならOne More Timeかな」「事務所の先輩(おそらくももクロさん)のカバーもやるかもしれない」とぼんやり考えていました。なぜか4月1日に有明アリーナで見た「走れ!」を思い出しながら。

 

気持ちの準備ができているようでできていないまま、気づけばステージの真ん中に推しがいて、初めて見る衣装(好みど真ん中すぎて混乱した)を身にまとった推しがいて、推しは強く明るい光に照らされていて、耳に飛び込んできたのは聴き慣れたイントロでした。

「Don't stop the music」。3月13日から3ヶ月後の1曲目がこの楽曲だったことを、私は一生忘れないと思います。解散が発表されてから最初に披露した楽曲、そしてAMEFURASSHIとして最後に披露した楽曲を選曲した意味。言葉を尽くさなくても、その1曲だけで伝わる決意があり、続いていく音楽があります。

……というのは後から噛みしめたことで、当日は「もーえか!」コールが聞こえた瞬間に「私が好きだった世界は失くなってなんかいない」ということを強く感じて涙が止まらなくなったり、「どこまでも自由自在」で肩を組む方々を見て微笑ましくなったりしていました。それから、まだ歌い慣れないであろうパートを歌う声は、たまらなく愛らしくてたまらなく愛おしいものでした。今度は「君となら ためらわずに叶えられるどんな願いだって」って聴かせてね。

続く2曲目は「Snow drop」。生誕祭で初めて聴いた日や再会を熱望していた日々が懐かしいほど、萌花ちゃんのソロ曲の代名詞(の1つ)となった楽曲から感じられる安心感に救われたのも事実で。涙を落ち着かせながら、黄色に灯されたペンライトがたくさん揺れるのを見つめていたことを覚えています。

 

簡単な自己紹介を終えて振られた3曲目は、ももクロさんの「笑一笑 〜シャオイーシャオ!〜」。にこにこと一生懸命に歌う推しを見ながら、歌詞を受け止めながら泣いてしまったのは、「萌花ちゃんって、“笑顔”の人なんだ」と改めて感じたからです。そして、“黄色”の人としてChapter "Yellow" に込めた「光」「希望」「楽しい」「幸せ」を体現している……と感じたからです。最後に「にこにこ見てくれて嬉しかった」と言ってくれたあなたと笑い合えるような自分で会いに行きたいと思わせてくれてありがとうね(泣いてばっかりで本当にごめんね)。

続く4曲目……ではなく本来の3曲目は「MICHI」。「セトリ間違えちゃった!」「音響さん、びっくりさせちゃったと思う」という可愛らしい告白のおかげで、ようやく心から笑うことができました。ソロアーティストとして彼女が歩む道を思いながら、萌花ちゃんのダンス(小柄であることを感じさせない柔軟な身体の動かし方)を見ることができて嬉しかったのも印象的でした。ハンハンハーーーンがない寂しさももちろんありましたが、ソロで披露するたびにいい感じの合いの手が生まれたりして育っていくのだと思います。M's CAFEで披露された弾き語りの「轟音」のように。

 

後半はもちろん(と言ってしまうと語弊があるけれど)用意された弾き語りの時間。宮本佳林さんをお呼びして披露したのはモーニング娘。さんの「I WISH」。萌花ちゃんが「どうしてもやりたくて」セトリに入れた楽曲は、やっぱり彼女が“笑顔”の人の証明であるように感じられました。推しの口から発せられる「人生って すばらしい」って、なんて優しくて暖かい重みのある言葉なんでしょうね。そして改めて歌詞を調べて、「晴れの日があるから そのうち雨も降る」という歌詞があることに嬉しくなりました。私たちにとって「雨が降る」は好きだった世界の象徴なので。

 

「次が最後の曲です」と言われた時、ソロだし弾き語りだし「明日の幸せ」かな?とぼんやり思っていた私は、「Love love love」に優しくぶん殴られました。「愛はここにある」ことを、たしかに続いていることを歌われて、泣かないわけがない。そして(厳密に言うと違うと言わざるを得ないけれど)「Don't stop the music」で始まり「Love love love」で終わることから「Four Hearts」を想像しないわけがなくて。4人で紡いできた音楽を止めないのが推しであることを、私は本当に心から誇りに思います。

 

そして、彼女が「今できること」という言葉を選んだ時、この先弾き語りできる曲が増えたりまた作詞作曲したりソロ曲をもらったり、「できること」が増えてもAMEFURASSHIの楽曲も聴かせてね……と素直に思えました。もちろんソロで歌ったり弾き語りするのが現実的ではない楽曲もあるだろうけれど、この楽曲も聴けるんですか!?も充分にある気がしていて。彼女にはそう思わせてくれるだけの実力があるし、意外なタイミングで初披露されていくのだと思っています。弾き語りの「轟音」のように。

 

ソロアーティストとしての鈴木萌花の「目の前に広がる可能性」を見届けたいと思わせてくれてありがとう。これからも「AMEFURASSHI IS HERE」の続きを一緒に証明していきましょう。

 

P.S.あなたをいつも「かわいいかわいい」と撮ってくださっていた方がちゃきちゃきと特典会を回されていて、とてもほっとしました。

We don't stop the music

「大好きな人たちの最後を大切な人と見届けてきました」という話をする時、私はどんな書き出しで始めたらいいんだろう……なんてことをぐるぐると考えていたら、U-NEXTの見逃し配信も終わってしまった。書きたいことはたくさんあって 何から書けばいいか迷って 書き出してみたブログはどんな文章で埋まっていくのかまだ分からないけれど、いつの日かの私のためにいまはここに残しておきたい。

 

2026年3月13日。春の訪れが待ち遠しいような寒さを感じる日に、AMEFURASSHIのFINAL LIVE “AMEFURASSHI IS HERE”を見届けた──から書くのは今の私には難しそうなので、セトリ順に感想と思い出とポエムを詰め合わせておきます↓

 

1.幸せの雨を降らせ!

雨の雫を拭うワイパーを見て(COOL HOT SWEET LOVE始まりか……!?)と思ったが、そんなことはなかった。私は“Flora” chapter twoの演出に引きずられすぎているし、TEAM AMEFURASSHIはそんな焼き増しをしない(ところが好きだ)。

そして、ワンマンライブのために作られたオープニング映像を見ながら、「推し色のペンラが揺れるこの景色が、順番に推しの名前を呼び合うこの空間が、本当に大好きで……」とうるうるしていたら、かっこよすぎる推したちが登場したのもまだ記憶に新しい。最後の日にサングラスをかけてファーコートを羽織った推したちが車に乗って颯爽と現れるなんてことがあるんですか?あれは涙も引っ込むほどの“恋”でした(褒めてます)。

そこから出会ったばかりの“恋”にWILDをかまされ、SPINに「始まりの日キミは覚えてた?」と問いかけられ、(ついさっきです!!!)になったのも最高のライブ体験だった。今思えば、「魅せる要素が強かった楽曲」が「冷静に熱くぶち上がる楽曲」にもなっていたことに感謝しかない。最初から全力で声を出して盛り上がれたことで、「めそめそ」「しんみり」が吹き飛んで「ライブ!楽しい!」に切り替わった感覚が確かにあった。そんな名前もない熱気によって生まれたかのようなSquallが降り注ぎ、最高を更新するライブへ共に飛び立つFly Out(自己紹介代わりの煽りも最高でした)、勢いそのままに突き進むRain Makers!!。「雨」の要素が入った楽曲は他にもたくさんあるけれど、「アメフラっシ/AMEFURASSHI」の名刺代わりになるような、改めて自己紹介をされたような5曲だったなと思う。

 

2.恋が愛に変わる時

しっとりとした振り付けの美しさがより堪能できた演出のHICCUP、スクリーンの映像と合わせて120%のカワイイでコイノマホウにかけられたMagic of love。ハートの風船が降ってくる演出も可愛らしくて、ハートの風船と戯れてる4人も可愛らしくて、(全然飛んでないじゃん……w)と思いながら微笑ましく見守っていたら「バカップルになろ?」にぶん殴られるなんて誰が予想できます?ALL-TIME HIGHのChapter “Blue” でお別れしたつもりでいたから、嬉しくてびっくりしちゃったよ。久しぶりに視界が変わるくらい崩れ落ちたのも、目の前にはゆづはな!向こうにはあいらもえか!目が!目が足りない!になったのも、はなちゃんが「ゆづの好きなとこはぁ……みんなには内緒♡」って微笑んだ瞬間にぶち沸いたのも、妹ぴと見逃し配信を見て「最初、ずーっとゆづはなを映してくれてたんだね……」ってしんみりしたことまで含めて全部いい思い出。そこから優しくてあたたかいLove love loveを受け取って、目を閉じたくなる瞬間があるくらい静かに泣いちゃったのも。いろんなドキドキやキュンキュンを経て「愛はここにある」ことにたどり着くセトリ、愛おしくて大切。

 

3.今 きみと踊ろう

オープニング映像然り、ワンマンライブのために作られた映像ってどうしてこうも最高なんだろう。それぞれの衣装を選んだ経緯までちゃんと味わいたい(“Flora” chapter two の1着目を纏った愛来ちゃんを見て、その衣装が選ばれるんだ……って意外な感じもしつつ、本人が選んだとするならその思い入れというか思い出は心が痛いほどだな……とか)。

そして過去衣装がたくさん見られる映像から繋がるReady Nowはいつも以上に楽しくて、楽しくて涙が溢れてしまうくらいキラキラしていて。続くMICHIで煽りに思わず笑いながら身体を動かしたことも、DISCO-TRAINに乗車できた嬉しさも舞台袖に向かうゆづちゃんに気づいた瞬間の期待感も車掌さんに再会できた喜びも、ALIVEで噛みしめた「踊るのって楽しい〜!」「声出すのって最高〜!」も、忘れたくないなぁ。振り返ってみると、たった4曲なのに「とんでもない爆踊りタイム」に感じていたのも興味深い。ALIVEがRemixだったのもよかったねぇ(これは妹ぴの感想)(完全に同意)。

 

4.This is DANCE

とんでもない爆踊りタイムから一転、「これが“踊る”だよ?」って見せつけてくるの、「すごい」「ヤバい」以外にどんな言葉を持ってきたらいいんですかね。最高であることは間違いないんですけど。

一緒に「楽しむ」から一気に「魅せる」へ、それもWILDやSPINとは異なる「息を呑む」方向への転換は気持ちいいくらいでした。小島はなさんのShhh…で上がった活きのいい悲鳴がその証拠です(とは)。

そこから始まるSecretの問い詰められているような翻弄されているような緊張感に立ち尽くして、闇のイニミニマニモに飲み込まれたのもいいライブ体験でした。イニミニマニモがRemixだったのもよかった。光のイニミニマニモ(まるでGAMEみたいだね)が引き上げてくれて、綺麗にCTRL+Meの世界観に入り込めた気がする。そして最新曲で一段落つくのも。

 

5.存在証明

ここまでたくさん笑ってたくさん泣いてたくさん声を出してたくさん踊って、「最高を更新する」を何度も何度も感じて、ラストって「最高のツアーのファイナルだよ〜」くらいの意味かも?と思ったりもした私が、はっきりと「最後の日」を感じたのがこのタイミングで。映像の中で陽を浴びながら白い衣装を纏って舞う4人があまりにも美しくて、(こんなに美しいってことは、終わるってことなんだ)(終わるからこそ、こんなにも美しいんだ)って悲しいくらいに分かってしまって。重なり合う過去映像もMCの音声も胸が苦しくなるものだったけど、妹ぴに「知ってるライブ映像が多くて嬉しかった」って言われたのが救いでもあったのは書き残しておきたい。思ってたよりも長い時間、アメフラっシ/AMEFURASSHIと過ごしてきたんだなぁ……って幸せに気づかせてくれてありがとうね。

そして映像終わりで(この音……STATEMENT……?)と思っていたところに、最新曲から繋がる始まりの曲。エモさに浸っている間もなく、私にとっては改めて正式に告げられた声明。当日は泣いて泣いて泣くことしかできなかったけど、ここが“AMEFURASSHI IS HERE”の核であり魂だったんだと思う。ALL-TIME HIGHのセトリ(Love love love→メタモルフォーズ)のおかげで、「愛はここにあることを知っているからこそ、ここから羽ばたいていけるんだね」の気持ちもあって。そこから改めてセトリと歌詞をなぞると、「始めよう最初の一歩ってなんだって大事だね」「生きてるだけで優勝」「ねぇ聞いた?続いていた道もう存在しないみたい」「じゃ私は私の道をただ作っていくだけ」「この気持ちは自分が一番知っているから」「I AM READY NOW そう言い聞かせて」……アメフラっシ/AMEFURASSHIとして過ごした4人から、それぞれの人生を歩んでいく4人へのエールじゃんね。Don't stop the musicはAMEFURASSHIとColorsとの絆の象徴でもあるけれど、何よりもアメフラっシ/AMEFURASSHIとして過ごした時間を糧にこれからも4人が4人らしく生きていくためのお守りでもあるのかな(と思いたいのは私のわがままだけど)。

 

6.起承転結のその先

はなちゃんがめそめそするから……というのは言い訳に近くて、いろんな感情と一緒に溢れてしまった涙の熱さに触れながら、それでも何とか笑顔を見せながら踊ったDon't stop the music終わり、銀テが弾けた瞬間の夢みたいなキラメキの余韻の中で、(Dramaを……やらないなんてことがあるんですか……!?)って動揺したのもまだ記憶に新しい。でも、アンコールありがとう〜!のDramaも新鮮でよかったな。あいらもえかチャンス(萌花ちゃんが愛来ちゃんに全身で抱きつきにいって愛来ちゃんがずーっと動揺している)(美味しい)(ありがとう)は円盤に残してください後生だから←

それはそれとして、(今日が起承転結の“結”じゃなかったらいいのに)と思いながら見ていたのも、「アンコールでFloraやるの意外だった」って零した妹ぴに「歌詞にColorsって入ってるからじゃない?」って安易に返したのも、当日の私だなぁと思う。「歌詞にColorsって入ってる」のは、最速先行試聴の時にそう教えてもらって嬉しかった……という思い出由来ではあるんだけど。

やっぱり「ありえない急展開(解散の発表)」も「感動的なclimax(AMEFURASSHI IS HERE)」もちゃんとあったし、「時を止めて」とも「終わらないで」とも思った。けど、4人の人生(Drama)はまだまだこれからで、UNDER THE RAINで降り注いだ「手は離さないでいて」という願いはFloraで「この手を離さないでね」という花を咲かせて実を結んだはずだから。Colorsとして受け取った「ありがとう」以上に、4人が4人らしく4人と(君と君と君と君と)生きていってほしいなと思ってる。

 

書き出してみたブログがどんな文章で埋まっていくのか分からなさすぎて、思っていた以上に感想と思い出とポエムの詰め合わせになったけど、最後にどうしても書きたかったことだけ(ここがこのブログの核であり魂なので←)。

Four Heartsの楽曲である以上、喜怒哀楽の怒(WILD)で幕を開けたことにも、喜怒哀楽の喜(Don't stop the music)で幕を閉じたことにも、何かしらの意味があると思っていて、歌詞をなぞれば「自由自在に形決まらないまま止まりはしない」「どこまでも自由自在」という一貫性も語ることはできる。それよりも、解散発表後の最初の1曲もAMEFURASSHIとしての最後の1曲もDon't stop the musicであったことは、アメフラっシ/AMEFURASSHIに出会えたことの、一緒に過ごせた時間があることの“喜び”だと思う。そして、これからもAMEFURASSHIの音楽と生きていける“喜び”だと思う。だからこそ、Don't stop the musicは「AMEFURASSHIとColorsとの約束」のように感じられたし、これからも「AMEFURASSHIの音楽を止めない」は続いていく。AMEFURASSHIのいない世界に向けて終わりのない旅に出た私たちが、「AMEFURASSHIの音楽を止めない」という終わりのない夢を見続ける限り、4人に「幸せでいてほしい」という祈りも変わることはない。私たちが彼女たちの永遠のパートナーであることも。

いちばんに好きでいる話

カイさんの言葉が好きだ。

もうだいぶ「カイさんがおっしゃることだから」という信頼を前提にしているが、そんな勝手すぎる期待じみた何かを超えてくるカイさんの愛に何度も救われてきた。

カイさんの言葉を受け止めて噛みしめて自分の想いを整理する時間も好きだ。

そうやって整理した想いが、いつかの自分がもう一度前を向くための鍵になることを知っている。

 

2025年6月22日、EVE神戸公演2日目の挨拶でカイさんからもらった言葉にも、同じ気持ちでいる。

受け止めて噛みしめて整理した言い訳のようなものを、少しだけ、書き留めておこうと思う。

 

その日は、本編最後の楽曲(Billion Beats)に入る前にユーキさんが熱く伝えてくれた「当たり前は当たり前じゃない」という想いをなぞって、優しく言葉を紡いでくれていた。

「超特急のことをいちばんに好きでいてほしいけど、いつか超特急より好きな人ができた時、超特急を好きだったことを誇りに思ってもらえるように」

どうしてこんなにも優しく愛を伝えられるのだろう。「愛は重いものではなく大きいものである」ことを教えてくれたのはカイさんで、本当に慈愛と敬愛の人だと思う。

そして、おこがましくも「超特急を好きでいることが誇りに思える」ことは断言できるのだけど、同時に「いちばんに好きでいてほしい」ことの受け止め方を探している自分もいた。

 

「超特急だけを好きでいてほしい」という言葉ではなくて。だからこそ、「好き」がたくさんある私はどこかで「いちばんに好き」という言葉には解釈の余地があると思いたくて。

 

ふとたどり着いたのは、例えば「8/8は超特急に会いにいくぞ!」と決めていること、全力で「超特急がNo.1!!!」と声にできること、これも「いちばんに好き」ということなんじゃないかなと思う。もう少しだけ整理すると、「大切にしたい想いや目指す場所や記念日を分かち合える」こと、「共有している時間と空間を大切にできる」こと、と言えるんじゃないかな。

ここに並べて書くのは少し気が引けるけど、B9名古屋公演2日目のチケットを手放してAMEFURASSHIのライブ(梅雨祭2023)に行ったのも、同じ理屈だと思っている。

 

私の中の「いちばんに好き」は「たくさんある好きに順位をつけて並べるもの」ではなく、言い訳でしかなくてもこの感覚が私にとっての「いちばんに好き」なのだし、これからも目の前にいる人をまっすぐに見つめて「いちばんに好き」と叫べる私でありたい。

 

それから、

「超特急より好きな人ができても、“好き”の始まりが超特急であるように」

には、自信を持って「そうだよ!」と言える私もいる。

本当は推しに限った“好き”の話ではないことは分かっている。それでも私の推し事の話に落とし込むと、超特急を好きになったからこそ出会った推したちがたくさんいて、文字通り「私の“好き”の始まりは超特急」と言えるから。本当は超特急を好きになる前に通ってきたグループもあるけど、今当たり前に持っている「会いにいきたいという気持ち(そしてライブで会える喜び)」を教えてくれたのは超特急だから、敢えて「私の“好き”の始まりは超特急」と言わせてほしい。

そして、優しさや強さについて考えさせてくれて、愛について教えてくれたのも、超特急だと迷いなく言える私がいるから。推し事の話に落とし込まなくても、優しさや強さについて考える時、まだ知らない愛を教えてもらった時、超特急を思い出さないことはないと思っている。

 

当たり前は当たり前じゃないから、いつか私にも超特急より好きな人ができるのかもしれない。それでも、この「いちばんに好き」の感覚がある限り、私の“好き”の始まりが超特急である限り、私の人生には超特急が教えてくれた愛が存在し続ける。

そして、「超特急を好きでいることが誇りに思える」と胸を張って断言できるよう、私自身も背筋を伸ばして歩んでいきたい。

「好き」は4年以上続く話

いつかの私が書いた文章に、「好き」は4年しか続かないらしい……というものがある。「好き」という感情が持続するのは4年程度で、その間に「好き」という感情が更新されることで、4年を超えて「好き」でいられるんだそうだ。

ちなみに、いつかの私が書いた文章では、「好き」は4年しか続かないらしい……という説を言い訳に近い理由として使っている。私の私による私のための担降り自覚ブログだった、ので。

 

さて。前置きは前置きとして、タイトルを回収していきたい。

「好き」が4年以上続いている話──2025年10月16日で、私はあいらもえか推しになって丸4年を迎えた。

4年間。長かったようで短かったようで、やっぱり長……という話をするには微妙な年数なので、そういった感慨深そうな話は来年の私に任せるとして。

まずは4年間も好きでいさせてくれたこと、おそらくこの先も好きでいられることに感謝しかない。

「好き」という感情が更新されることで……と書いたものの、常に「あ!今!好きが更新されました!!!」に自覚的であるわけではない。というよりも、日々SNSや何かで触れるたびに「えへへ〜好き〜」という感じなので、ほぼ毎日「好き」は更新されている。と思う。

だからこそ4年間も好きでいさせてくれたこと、おそらくこの先も好きでいられる(日々「好き」を更新させてくれるであろう)ことに感謝しかない。

そして、常に「あ!今!好きが更新されました!!!」に自覚的であるわけではない以上、「この1年で好きが更新された出来事」なんか書き出せるはずもない。書き出せるはずもないのだけど、2024年10月16日の私が聞いたらひっくり返りそうな思い出だけは、ここに書き残しておきたい。

 

2024年10月16日の私へ

待望のオフィシャルカレンダーが発売されます。10月があいらもえかのページです。推しの優しさのおかげで、2人分のサインを同じページに書いてもらいます。「初めて会ったのが10月だったんだよ」「SENSITIVEのリリイベの時だよ」ってお話を聞いてもらいながら。

2月にワンマンライブがあります。見どころの1つにペア曲があって、組み合わせは「あいらもえか」「ゆづはな」。今でも信じられませんが、ペア曲の組み合わせが「あいらもえか」「ゆづはな」です。あいらもえかはもこもこのルームウェアを着て、最高にかわいいBatabata Morningを披露します。ちなみにこの衣装で生写真も出ます。とっても美味しかったよ。

それから、2024年2月18日ぶりに、あいらもえかペアでハピアメカフェがあります。家宝(あいらもえかチェキ)、増えてよかったね。

初夏には新作EPが出ます。最後の楽曲でハートを作る振付がたくさん出てくるんだけど、ペアでハートを作る振付の組み合わせは「あいらもえか」「ゆづはな」です。ちなみにハートを作るあいらもえか(初披露)、ありがたいことに最前列で見れるよ。号泣して前を向けなくなっちゃうけど。

2025年10月16日の私より

 

……なんてお手紙を書いていたら、早く2026年10月16日の私からのお手紙を読みたい気持ちになったりもして。

これも「おそらくこの先も好きでいられる(日々「好き」を更新させてくれるであろう)」ことへの信頼みたいなもので、本当に、心から感謝してもしきれない……という、何を書いても「感謝」に収束してきたので、そろそろ「好き」が4年以上続いている話は終わりにするとして。

 

「おそらくこの先も好きでいられる」と言える幸せを噛みしめながら、5年目もその先も、2025年10月16日の私には想像もできないような素敵な思い出を重ねていきたい。

そして、来年もまた、5年間も好きでいさせてくれたこと、おそらくこの先も好きでいられることに感謝しかない……という話をしたい。変わらず「愛はここにある」ことを感じながら。

2025年4月7日の話

お昼休憩中に職場のデスクでふと推しのInstagramを確認すると、アイコンが変わっていた。眩しいくらい「白」の印象が強かった所謂“宣材写真”ではなく、ここ最近撮ったであろうプライベートを感じさせる自然な写真に変わっていた。その時点で何となく察して確認を進めると、自己紹介から事務所HPのリンクが消えていた。事務所HPのタレント検索に名前を入れても推しのページはなく、繰り返し検索しても結果は0件のままだった。

日付が変わった瞬間に事務所HPで推しのページを確認して眠りにつき、お昼休憩中にストーリーズを見て好きを噛みしめた4月1日から1週間経とうかというところで、推しの退所を知った。

昨年の11月からSNSの更新がなく、年明けにも動きはなく、緩やかに覚悟を決めつつあった中で3月23日に「お久しぶりです」というストーリーズが上がり、元気でいるならそれだけで……と思いながらもご報告に怯え、年度が変わって少し落ち着いたタイミングでの【大切なお知らせ】だった。

何かしらの契約(CM出演とか)(最後まで公式のお知らせはなかったけどユニバのCM出てたね)が残っていた可能性などもはや邪推でしかないけれど、所属している時間で最後に未来への匂わせをしてくれたことに救われているのかもしれない……とは今になって思う。4月1日に「僕は今後も皆さんに幸せを届けられるように頑張ります」と上げられたストーリーズに添えられていたSUPER BEAVERの「ロマン」を聴く度に、そう思う。「それぞれに頑張って また会おう」を信じていけるくらいには推しの真っ直ぐさを知っているつもりでいるし、「幸せになってくれ」とずっと願わせてくれと心から叫べるくらいには推しのことを好きでいた時間がある。

そんなことを考えたりしながら、4月7日の帰宅時の電車の中でスターダストプロモーションの弓木大和として最後のストーリーズに選んでくれた楽曲を聴きながら、ふと鮮明に思い出したのは初めて交わした会話だったりした。今思えば初対面らしい会話で、でも私らしさも大和くんらしさも感じられるような会話。それから、好きでいた時間の中で大和くんにもらった、びっくりするくらい優しくて温かい言葉たちも。

後悔がないと言ってしまえば嘘になる。私はずーっと「推しが何人かいる」状態であったし、特に大和くんが上京してからすぐの頃はあまり積極的に舞台に行ったりできなかった。好きになってから出来るだけの時間をあなただけに使えたわけではないことは私がいちばんよく分かっているし、別の推しを優先したことも何度もあった。それでも少しだけ後悔が和らいでいる部分があるとすれば、転職に伴って生活環境を変えられたこと、最後の1年で多くはないながらも迷いなく舞台を見に行ったり特典会に行けたことは、今の私を救っていると思う。

それから、私はツイートへのリプやインスタ投稿へのコメントをまめにするタイプではないのだけど、昨年の夏頃、久しぶりのインスタ投稿が嬉しくて思わずコメントをしたら、丁寧に優しくいいねがつけられていた。もしかしたら今までもずーっとそうしてくれていたのかもしれない。でもその時の私にはそれが夏の日差しを反射してきらめくように新鮮な気づきで、感動して嬉しくて涙が出て忘れられなくて、それからはインスタ投稿がある度に丁寧にコメントし、少し時間を置いて丁寧に優しくいいねがつけられることで救われたりしていた。ちなみに、大和くんが今までの投稿を静かに消したことに気づいて混乱しながら、改めて上げられた投稿(退所の報告)に祈るような気持ちで書いたコメントにも、変わらず丁寧に優しくいいねがつけられていた。しばらくはこのいいねを御守りにして生きるのだと思う。

思ったよりも私は悲しんでいるようで、仕事の書類に目を通しながら涙を飲み込むこともあるし、上手く眠れなくて疲れているのに夜の街を歩いて時間を潰してみたくなるし、コロナ禍がなければ……というifに思いを馳せたりもしているけれど、それでも、私はBATTLE BOYSの、EBiDAN OSAKAの大和くんに出会い、1stから5thまでのBATTLE BOYSを支えたあなたがEBiDANを卒業し、俳優として素敵な舞台に立ち、仕事を通して出会った方々に愛され、スターダストプロモーションを離れる決断をする世界線で生きる気持ちでいる。そしてあなたの挑戦が続く限りそっと応援し続けるつもりでいる。

EBiDANの、スターダストプロモーションの弓木大和じゃなくなっても、あなたがあなたらしく歩むなら、私はあなたを推しと呼び続ける。幕張メッセで「行こう次のステージへ」と力強く笑ったあなたの次のステージを知りたいから。

 

「皆さんに幸せを届けられるような存在になります」と言葉にできるあなたが本当に好きよ。またね。

12月15日の話

私にとってはいつまでも、12月15日は、特に2019年の12月15日は特別に忘れられない日であり続けるのだけど、今年はやけに思い出すことが多くて。5年という区切りのせいか、6人からあの頃の思い出を投げかけられたせいか、はたまた同じ時を過ごせた美しい人の卒業公演に立ち会ったせいか。理由もきっかけもあると言えばあるし、ないと言えばないのだろうけど、布団の中で自分のツイートを掘り起こしては何とも言えない気分に沈む夜も一度ではなかった。ちなみに下書きに押し込めたままの投稿には

推しのこと「王子様」扱いしてたオタクがどこかで「名字」呼び(さん付け、時には呼び捨て)になるのも味わい深いし、私というしんどい人間がオタクをしてしまったことによる面倒くささ(拗らせ、病み)もしっかり残ってて本当にえも言われぬ

と書いてあります(本当に、ね)。

ただ、丸5年経って思うことは、

発表からライブまでは短期間だったもののきちんと「卒業」したことと、普通の男の子になってからSNS上で(少なくとも私は)出会っていないことで、嫌いになる理由もタイミングもないという意味で「今でも好き」だと言える

ということ。そして、

「現在のあなたに会いたい」わけではなく「あの頃のあなたに会いたい」に過ぎない

と気づけたおかげで、また少し心が軽くなった気もしています。現実的に「あの頃のあなたに会う」のは不可能なわけで。それでも、自分のTwitter(現X)を遡ることで、EBiSSH TVを見返すことで、あの頃のあなたを忘れないようにすることは出来るから。

 

……なんてポエムを書きたかったわけでもなく。12月15日の話をする上で、 特に2019年の12月15日の話をする上で、私にはもう一つだけ言及したい件があります。

そのことを知ったのはアメフラっシを好きになってすぐ、公式YouTubeで楽曲を漁っていた頃のことです。 2019年の12月15日に神田明神ホールで披露した「雑踏の中で」の動画を見つけた時、その日が「4人のアメフラっシになった日」だということを知りました。私が初めて推しの卒業を見守っていた赤坂BLITZから30分ほどの場所で、後に推しとなる子たちが新体制の一歩目を踏み出していたこと。私はどうしようもなくあれとこれをこじつけたいオタクなので、本当に、本当にこういう偶然に弱い。そして、偶然だと分かっていながら、必然だとか運命だとかいう言葉にすり替える癖があります。ちなみに、「雑踏の中で」のMUSIC VIDEOが上がったのはちょうど1ヶ月後、奇しくも初めて卒業を見守った推しの誕生日でした。

そして、この話は今まで誰にもしたことがなくて、ずっと自分の中のすぐには取り出せないところに置いてあったんですが、こんなタイミングでもないと書くことはないだろうな……というタイミングがフリラの追加公演でした。2019年ぶりの、日曜日の12月15日。追加公演が発表された場で、日付と曜日を聞いた瞬間に2019年を思い出さないわけがなくて。あの日を塗り替えたいわけではなくても「あぁ、絶対に行かなければ」と思いました。

実際はただいつも通りに、いやいつも以上にフリラを楽しんで、アンコールライブの最後の楽曲で涙が出た時にあの日が重なった気がして感情がぐちゃっとなったくらい。それでも、私の中で勝手にでも、日曜日の12月15日がもう一つのかけがえのない日になったことは、大切な意味のあることでした。

 

最後に。

本音としては上手くまとめられそうになくて(実際まとまってませんが)筆が進まなかったブログの体裁を何とか整えようと立ち上がれたのは、ONE N' ONLYの日本武道館公演決定の報を見た瞬間に「上の上の方でいいから入りたい」と思えたからです。今度こそ6人が6人で作るライブを見たいと素直に思えたからです。2019年12月15日をやけに思い出すことが多かったのは、この気持ちに呼ばれていたからなのかもしれませんね。← 必然だとか運命だとかいう言葉にすり替える癖、出てます。

果たしてチケットは取れるのか、一般発売が即完ならそれはそれで喜ばしいことですが、他現場の予定も見ながら2025年5月10日は空けておきたいと思っています。もし日本武道館の上の上の方に入れることがあれば、その時に出会う感情もまた楽しみです。

桜がほころぶ季節に思い出す話

「瀬田さくらさんの卒業公演に行ってきた話」と題するには、どこで泣いていてどこで泣いていなかったかも記憶が定かではないし、レポを読みたいなら(併せて綺麗な写真も見たいなら)○○○ーさんの方が仕事は早いわけで。ただ、私にしか書けない文章(というよりはポエム)を残しておきたい気持ちには従ってみたいと思っているわけで。

泣いても笑っても最後の現体制を受け止めて、泣いたり笑ったり自分の気持ちに正直でいられた記録として、ここに書けるだけ書きなぐっておくこととします。

 

まず1曲目の「BAIKA」の優しさと柔らかさですでに大号泣(ぼろぼろ)だったわけですが、そこから続く楽曲たちに身を委ねながら感じたのは、「愛はいつでもここにあるけれど、別れの時に一際輝くのだな」ということです。瀬田さくらさんからばってん少女隊への、ばってん少女隊から瀬田さくらさんへの、瀬田さくらさんから隊員さんへの、隊員さんから瀬田さくらさんへの、愛。10年間絶ゆることなく与えてくれた/与えられた愛を想いながら、今日までに一度でもばってん少女隊を、瀬田さくらさんを好きだと思ったことがある人全てに感謝をしたくなるほどの時間がそこにありました。

「bye bye bye」があまりにも今日この日のための楽曲に感じられてまた泣いてしまったり、「また会えたらねって意味にしちゃお」の響きに救われたり、1曲目から泣き通してたら「みんな元気ないね、もしかして泣いてるの?」って笑われたり、改めて目を凝らすと6人とも瞳が潤むような瞬間がありながらもキラキラの笑顔を見せてくれていたり。

そして、「これが最後の3曲になります」と伝えられて始まった1曲目が「無敵のビーナス」だったことで最後のセトリを悟った瞬間、瀬田さくらさん自身の卒業に向けてのみではなく、新体制で続いてゆくばってん少女隊の未来を想って過ごしてくれていた時間を振り返り、瀬田さくらさんと瀬田さくらさんの愛に尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。そんな瀬田さくらさんの10年を知っている3人と、瀬田さくらさんに見守られ同じ時を過ごした2人がいれば、これからのばってん少女隊も大丈夫だと信じることができる……と思わせてくれたこともまた愛なのだと思います。

そして、卒業公演は終わりに近づけば近づくほどに美しくて、「来週も会える気がしてる」に「じゃあ、」って返すのも野暮なくらい、本当に本当に美しい「最後」だったのが印象的でした。瀬田さくらさんの「ばいばい」の声の優しさと可愛らしさも、まだ私の近くで響いているような気がしています。

「瀬田さくら」というアイドルの物語が閉じる瞬間に立ち会わせてくれて、本当にありがとうございました。 10年のうちの1年、たった1年だったけれど、瀬田さくらさんのいるばってん少女隊を好きでいられたことへの誇りを抱いて、これからもばってん少女隊を応援できたらと思っています。

 

最後に。

きいなちゃんが言ってくれたように、桜の花が咲く頃には瀬田さくらさんのことを思い出すのだろうし、思い出すこともまた愛だと言えるでしょう。

これからは最強の隊員さんとして愛を注いでくれる場所に新たな風が吹き抜けた時、また異なる花が咲き次の物語が紡がれる未来を待ち侘びることができる幸せに感謝して。